福富書房

かえる。

小説「鎌倉の怪人」

北鎌倉駅の通称洞門山の地中には複数の洞窟があるという。今は閉ざされて見えない。戦時中の防空壕として掘られたものもあるが、鎌倉幕府時代から存在する洞窟もあるようだ。だれがどのように掘ったのかも定かではない。今は「好々亭」の赤門がある一本の隧道のみが住民の通路として使われている。
横須賀線を走る電車が途絶え、辺りが静寂を取り戻すと、崖の内部から穴を掘るような冷たい金属音が聞こえることがあるらしい。封印された洞窟の奥深く、陰陽道にまつわる正体不明の怪人が穴を掘り、夜ふけに鎌倉の谷戸を駆け巡るという言い伝えがあるが、確かめようもない。しかし、そのような気配が漂っているのは確かなことである。
日本万国博覧会が開催され、三島由紀夫が割腹し、赤軍派に日航機よど号が乗っ取られた昭和45年頃、北鎌倉は今にもまして静かな街であった。ある日北鎌倉駅に勤務する駅員の青年が、崖の内側から奇妙な物音がするのを聞く・・・。
小説家、松宮宏の最新作「鎌倉の怪人」。