福富書房

かえる。

第1部 地底人現る ? その5。

小説「鎌倉の怪人」

2012年6月21日|松宮 宏

浄光明寺の柏槇

鎌倉の修行僧の目指す思想に「巌石表菩提岸高」がある。

岩があらわす菩提の高さ、菩提とは悟りの境地。

修行僧は高く険しい切り岸に心を寄せ、頂の菩提を目指す。

泉が谷(いずみがやつ)と呼ばれる谷戸に築かれた浄光明寺の禅庭、切り岸の頂ちかくには風雪に晒された柏槇(ビャクシン)が垂れ下がっている。

菩提に生きる木として、僧侶達はこの柏槇に特別な意味を見いだしてきた。

しかし今、木の姿勢がとみに悪い。

植木職人や大学の先生たちも現地視察を重ね、意見が右往左往していた。
「ここまで命を永らえた事が奇跡だ。来世へ送って差し上げよう」
「神が宿る木を切るべきではない」
「いや、腐って落ちたらどうする?」

清明石におちゃぶき石、闇の声はカモノタダユキで、おみくじはヒノトシモトだ。カメさんが転んで寝込み、見舞いに行ったら祐子が来た。出来事全部、何がホントで何がまやかしなのか・・

とはいえ、大吉のみくじを辛夷の小枝に括り直して鴨居にはさみ、パンパンと柏手を打った。それで何がどうなるわけでもあるまいと気にもしなかったが、富五郎もあ然とすることが起こった。

祐子が浄光明寺へ行こうと誘いに来たのである。

切り通し、禅寺、細い路地・・山ノ内に育ったふたりにとって、鎌倉の風景はからだとココロの一部である。鶴岡八幡宮、大仏、あじさい寺・・ふと、行きたくなる場所が、もう一方にとっても、「今日はその気分だな」と妙に納得する。

昔からそういう仲ではあったが、今日は柏手を打ったとたんに祐子が来た。

これは御利益か策略か・・
「何時に行く?」

富五郎が聞くと
「朝10時には行こうよ」

と答えるのである。

10時! 巳の刻だ。ますます怪しい。
「祐ちゃん・・どうして巳の刻がいいの」
「巳の刻?? 時代劇でも見た?」
「いや、そんなんじゃないけど、ふと思っただけ」
「そんなの、ふと思ったりするかしら」
「いや、思いませんね」

祐子は右のほほにえくぼをつくり、からからと笑った。
「別に昼からでもいいんだけど、日曜日だし、混まないうちがいいかなと思って」
「そうだな、ちょうどいいよ。明日は遅番だし」

浄光明寺の裏手に広がる武家風の禅庭。しつらいは煮え切らない富五郎の気分に似合う。煮え切らない気持ちの行く先がどこかと言えば、それは祐子だ。

その祐子に誘われて寺である。

富五郎のこころにはブラジルの熱波のような風が吹いているが、状況はきわめてさわやか、すかすかしてる。
「はい、本日より、変更いたします」

永年、あに・いもうとで来てしまったツケはでかい。

朝、10時前に到着したが、庭には結構人がいた。

作業服と背広姿の男達が切り岸を見上げて議論をしている。 写真を撮る者、望遠鏡を向ける者もいた。

住職の十斤さんが言った。
「木を切る派、切らない派、両派勢揃いなんですよ」

十斤さんはこの寺に40年もいる、仏に仕えるだけあって優しい住職だ。富五郎も祐子もちっちゃな頃から知っている。
「ご神木が弱っているようなんですよ。岸壁に生えていますでしょう。農大の先生によると、栄養が取りにくいので100%元気な木には戻れないということです。ここまで命をつないでこられたが、浄土でお休みになりたいのかもしれません」

樹齢は何年ですか? 植え替えはできない?

祐子の質問に住職も丁寧に答えている。

富五郎は木なんだからいずれ枯れるかも、とそんなことしか考えなかったが、祐子は知的好奇心が強く、いつも目を輝かせながら質問をする。これがまたカワイイのである。

ああ、いちいちめんどうくさい。

富五郎は腕時計に目をやった。夢かまやかしか巳の刻、予告時刻である。

まさしくそのとき、

カチーン、と槌音が響いた。集団は音など気にならないのか議論を続けている。

カチーン、カチコーン、カッチーン

富五郎は思わず声を出した。
「カ、カモノタダユキ」

柏槇の根本にツルハシの先が、続いて赤銅色の顔をした人間の手が突き出たのである。

手は柏槇の根元に伸び、犬釘を打ち込み始めた。

するとどうであろう。

垂れ下がる柏槇がグググググッと持ち上がったのである。

十斤住職は剃り上げたあたまを両手のひらで覆い、「ぼ、菩提が」と言った。

槇の太幹が天を目指してねじ曲り葉先が切り岸を叩く。風もない穏やかな日和。山の木々は動きを止めている。

「菩提じゃ。菩提が揺れている」

十斤住職はひざまずき、激しく念仏を唱えはじめた。

数人がすぐさま後を追い、念仏の大合唱となった。

そして数分。枝葉は動きを止め、元の柏槇に戻った。姿勢が直っている。

「天がその力をもって、ご神木を治癒されたのだ。ああ、ああ、なんと畏れ多い」

カモノタダユキである。

治療なのかイタズラなのかは知らないが、とにかく天ではない。カモノタダユキである。

作業服の男性が望遠鏡を持っている。富五郎は貸り、柏槇に焦点を合わせ、「おお」と言った。

根元に犬釘が見えたからである。

見渡せば誰しも手を合わせている。祐子も両目を閉じていた。

事実は別のところにある。富五郎はそう思ったが、説明できるたぐいの事実ではない。

神木は菩提の象徴として生きなければならない・・この事件は「神事」として記事になり、植え替えを進言していた一派は消えた。

不思議なことに、誰もカチーンという音を聞いていなかった。

穴が開いたのを目撃した者もいなかった。

次号へつづく

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