福富書房

かえる。

第1部 地底人現る ? その9。

小説「鎌倉の怪人」

2012年9月26日|松宮 宏

鎌倉の防空壕

祐子は駅の側道から山へ入り込むトンネル、好古洞へ向かった。

赤い中国風の門。くぐり入ると素掘りのトンネルの中程に、崖を削ったような場所がある。
「ここから入るよ」

祐子が言った。
「何だって?」
「ふたをはずすの」

ふたと言っても、崖の石をいったん切り離して再度はめたような感じだ。汚れているし草も生えている。指摘されなければふたがあるとはわからない。

祐子が手慣れた様子で雑草を払いのけていくと、金属のチェーンらしきものが現れた。

祐子が言った。
「鎌倉山に掘られた防空壕なのよ」

鎌倉時代におけるこの地域のお墓「やぐら」は岩壁を掘って作った独特の仕様だ。防空壕はその「やぐら」から始まることとなった。住民は度重なる戦乱に備え、やぐらを網の目のように地中へ掘り進め、戦乱を逃れるためのシェルターにしたからである。

鎌倉幕府が滅亡しても鎌倉は東国の都市であり続けたが、住民は再度の戦に怯え地中をさらに広げた。豊臣秀吉が北条氏を滅ぼしにきた時も高僧達は小田原城まで避難できたが、他の領地へ行けない住民はこの地下空間で命を守ったのである。

鎌倉市にやぐらは数千個あるといわれている。そんな数の墓は必要なかったことからも、地下空間は有事に使用されていたことがわかる。北鎌倉にある雪堂美術館には天女像が彫られた大きなやぐらがある。やぐらの壁には更に穴があけられ奥にもう一部屋が作られている。やぐらに五輪塔が残るのも、墓地だと見せるフェイクであったと言われている。

そして洞窟は第二次大戦の時、日本軍により防空壕として再度掘り直され 今のカタチとして現存している。

富五郎と裕子は、そんな地下空間への入口を開けようとしている。

祐子が金槌でチェーンを叩き、狭い空間に金属音が反響した。

富五郎はあわてたが、「すぐだから」と祐子は言いながら砕けた岩を取り除き、そこに現れた朽ちた錠前もガシッと叩いた。錠前はあっけなくつぶれた。
「いいのかよ、ほんとに」

富五郎は言ったが、祐子は錠前につながるチェーンを外し終えると袖をまくり上げた。
「押すわよ」
「・・・」
「ふたを押すの」
「これをか? よ、よし、押そう」

ふたり並んで体重をかけた。

びくとも動かない。
「長い間開けていないみたいね。でも、蓋をしてあるだけ。動き出したらすーっと開くから」

どうして祐子がそんなことを知っているのか不思議だったが、押すのは富五郎の専門だ。富五郎は上衣を脱いだ。
「まかせとけってんだ」

ラグビーである、スクラムである。しかもフッカー、一列目真ん中のポジションで県大会にも出ている。

富五郎はほほをパンとはたいた。

石の蓋らしき部分に額をあて、その脇に両手の平を置いた。そして腰を沈めた。強い相手とは低く組むことが原則だ。
「よし、行くぞ・・・クラウチ、タッチ、エンゲージ!」

富五郎の太ももに力がこもる。

ぐぐぐ・・・

石がめり込んだ。

富五郎はさらに腰を落とし、
「よし、」

と、息を吸い込み、
「クラウチ、タッチ、エンゲージ!」

ぐぐぐぐぐぐ

一気の押しだ。

滑りはじめたかと思いきやふたが飛んだ。

勢い余って富五郎はふたごと壁の向こうへ押し込まれた。
「とみにいちゃん、やった!」

富五郎は祐子の声を背中で聞いた。

抱きついてくれるかも、と振り向くのを我慢したが、気がつけば祐子は息の上がった富五郎の脇に立っただけであった。ヘルメットの懐中電灯が光っている。

祐子は富五郎の息がおさまるのも待たず、壁を右手にゆっくりと進みはじめた。
「待ってよ。俺も行くから」

人が立ってちょうど歩けるほどの空間である。
「こっちしか道はないわね」

十歩、二十歩、慎重に進むと、ひと部屋ほどの空間が現れた。

畳三畳ほどの広さ、高さ三メートルほどの空間である。祐子はひとつの壁に光を当て、そこへ近寄って手を当てた。

列車の通過する音が近い。
「あ、駅の側道だな」

裕子の顔は見えにくいが、目をつむっているようだ。

裕子は壁に添ってしばし歩き「懐かしくない?」と言った。
「何だって?」
「この匂いよ」
「・・・」
「洞窟でよく遊んだよね」

洞窟の中のひんやりとした空気には懐かしい味もある。

富五郎は言った。
「探検したよな。秘密基地って、走り回った」

鎌倉の子供は洞窟を探検する。郷土を知るためと、「やぐら」探索が小学校の課外活動になった時期もあった。

闇は恐ろしくもあったが、未来や過去、宇宙や異次元へつながる夢の探検チューブなのだ。

富五郎は舌を出し、洞窟を味わってみた。
「洞窟を舌で感じてみよう。何とも言えない味があるぞ」

担任の先生の言葉を思い出したからだ。

洞窟の味は今も変わらない。

富五郎は両手をのばし、胸いっぱいに湿った空気を吸い込む。自然、そして太古の歴史と一体になる感覚。

は〜〜と息を吐き出した。

祐子も感傷に浸っているかと思いきや、祐子は持ってきた紙を広げ光を当てて覗き込んでいた。

まただよ・・女は変わり身が早い。

祐子は、こっちかな、と紙を回転し、「こうよね。こうだわ」と自分も座り直した。

富五郎は祐子の背中越しに紙を見下ろした。
「図面なのか?」
「今いる場所は、たぶんここ。五榜の窓」
「・・・」

祐子は一点を指した。
「ごぼうのまどだって?」
「この広場に名前がついているみたい。カモノタダユキもここにいたのよ。そこの壁に穴を開けて、外にとみにいちゃんがいたというわけ」
「そうなのか」

また列車が通った。確かに音は近い。ここが側道のすぐ内側なら自分がいた場所かもしれない。線路までの距離はたかだか10メートルであろう。好古洞から入り、右の壁に沿って歩いたのは20歩程度である。距離としてはちょうどそんなものだ。すぐ外側で掃除をしていて、カモノタダユキに声をかけられたのだ。耳を澄ませば踏切の音も聞こえる。
「鎌倉山の中は防空壕がいっぱい。好古洞もいくつかある入口のひとつなんだろうけど・・カモノタダユキが開けた穴の形跡がないのよ。いったいどこなんだろう。図面によればこの部屋から三方に道が延びているけど・・何もないし」
「そうだな。行き止まりだな」
「いちばん不思議なことは、外からからだを入れたとたん墜落したじゃない。洞窟の中に落ちたと思ったら線路の横だった。あれって、どう考えたらいいの?」
「いや、そうだな・・ぜんぜんわかんないけど、穴はいつも消えるんだよ」
「そうなの?」
「そうだよ」
「最初から穴なんてなかった、てこと?」
「まやかしってやつ」
「じゃあ今、私達がいるここはどこ?」
「それは・・その、防空壕ってやつじゃないの」

裕子はしばし黙ったが、
「単純に考えれば、カモノタダユキというのは防空壕で暮らす変人。普通は外で暮らしていて、ときどき『カモノタダユキだ』とか言って出てくるいたずら者」
「そうなのか」
「普通に考えて」
「でも浄光明寺とか、こどもとか、穴もあったりなかったり」
「そうなのよね。外からも見たけど、跡は無かった」

あの景色だ。裕子のスカートがスポッと抜けたのだ。富五郎の脳に祐子の肢体が浮ぶ。
「パ、パンティだったな・・」
「何? パンティ?」
「い、いや」

青春は忙しい。下世話な妄想が浮かんでは沈み、また浮かぶ。

あ? どうしよう。胸が上下し息が苦しい。

富五郎は膝を内股に曲げ尻を引いた。オカマである。

しかしその時、青春の悩みなど吹き飛ばす事が起こった。

闇がぐわんと揺れ、懐中電灯の放つ光が暗黒の渦に引き込まれたかのように、円錐形で回転しはじめたのだ。
「何かが来た!」

次号へつづく

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