福富書房

かえる。

深夜鎌倉 その1

北鎌倉プロジェクト

2013年8月20日|増田 浩

暗闇の写真に写っているものは何だろう。ゴーストやオカルトではありませぬ。
街灯に照らし出されたわずかな手がかり、黒々とした諧調の中に、樹々の葉や、路地が見えまする。
明るい太陽で撮れば構図も主題もはっきりするものを、わざわざ深夜の闇を撮るなんて。
でもね、明朗な言葉が真実とは限らないように、明白な写真が現実に見えることが、実は疑わしいのだよ。
姿カタチのないものを捉えるために暗闇はある。「星月夜」の鎌倉には、饒舌な比喩がある。気配はそこから生まれて、私たちに語りかけるのでした。

好好洞
午前1時44分 好好洞

北鎌倉駅 上りホームのベンチ
午前1時53分 北鎌倉駅 上りホームのベンチ

長寿寺門前の仏様
午前2時17分 長寿寺門前の仏様

旅館 小町荘
午前2時20分 旅館 小町荘

山中稲荷社へ向かう小路
午前3時12分 山中稲荷社へ向かう小路

北鎌倉駅側道の小さなトンネル
午前1時29分 北鎌倉駅側道の小さなトンネル

円覚寺 総門の前 その2
午前1時02分 円覚寺 総門の前 その2

伏見稲荷神社 笠間稲荷神社
午前1時12分 伏見稲荷神社 笠間稲荷神社

山海堂土産店
午前2時42分 山海堂土産店

北鎌倉駅側道
午前2時02分 北鎌倉駅側道

鎌倉街道踏切
午前2時14分 鎌倉街道踏切

鶴岡八幡宮
午前1時06分 鶴岡八幡宮

 

鎌倉鶴岡八幡宮の前に立つと、本殿の背後に深い緑の山々が見える。
鎌倉は三方を山に囲まれ、一方を海に向かって開かれた古都であると言われる。
観光客は鳥居の下にたたずみ、ここが歴史のある街だと納得する。
しかし、山頂の尾根の向こうに見えるのは、ゴルフ場、広大な新興住宅の群れ、ビル、マンションの立ち並ぶ姿だ。
鳥居の下から見た、せり上がる山々の風景は、舞台の背景画のようなものなのか。

鎌倉の現地調査を行ったユネスコ世界遺産調査団は、「精神的、文化的側面のみで十分な物証がない」「独創的だが、国内レベルにとどまる」として「不登録」を勧告した。つまり日本にあるフツーの街だと判断されたようだ。

戦後の高度経済成長の勢いはすさまじく、この頃から山は削られ、貴重な歴史的遺構はコンクリート基礎の地中深くに埋められた。
今もなお、開発という鎌倉ブランドへの欲望は衰えてはいない。便利で安心快適な街は何を失い、忘れたのだろうか。

横須賀線最終列車が通り過ぎ、人々が眠りにつく頃、街は夜の静寂に包まれる。
深夜の鎌倉。街灯の光も小さなスポットライトのように暗闇の支配下に入る。

くらやみの こえは
やねと おなじくらい ぎしぎししている。
まどと おなじくらい ひやっとしている。
そして、くらやみは ラズロの
すぐ そばに いるのに、
そのこえは とても とおくから
きこえてくる かんじがする。

レモニー・スリケット作/絵本「くらやみ こわいよ」

暗闇は怖い、大人になっても怖い。
それは原始的な記憶を呼び覚ますからだと言われている。
風景も家も、理性も感情も、自分自身も闇のベールの中で溶け出し、ただ気配だけが立ち表れる。
現実だと信じて疑わなかったものは薄く消えかかり、実態であったはずの人間は、時空の切れ目に揺れる虚ろな現象になる。
だから怖くて不安になる。気配は見えないのだ。

夜のとばりが大地を包み、真夜中はすぐそこにいて、
血に飢えた者たちがはい出し人々を怯えさせる。
踊る勇気のない者が奴らに見つかったなら、
地獄の番人の餌食になり、死して内側から朽ち果てるのだ。

マイケル・ジャクソン/スリラー プロローグ

マイケル・ジャクソンのスリラーに登場するゾンビは朽ち果てたセレブ・ファッションに身を包んでいる。
ゾンビはハリウッドに群がる人々であり、マイケル自身もゾンビであり、同時に現代社会に生きる私たちの姿である。(安冨歩/「マイケル・ジャクソンの思想」)
マイケル・ジャクソンは熱狂的なファンからキング・オブ・ポップと賞賛される一方、マスメディアや社会のメインストリームでは、子供を連れ去るハーメルンの笛吹き男になぞられ悪魔のように嫌われた。
マイケル・ジャクソンが亡くなった2009年6月25日の翌日、6月26日は聖ヨハネ・聖パウロの祝日、すなわち1284年、ハーメルンの街から子供らが連れ去られた日に当たる。

道化の衣に身を包んだ笛吹き男に誘われ
ハーメルン市に生をうけた子供 130名
カリヴァリーの丘に入り 行方知れずとなる

果たしてマイケル・ジャクソンは、子供の心を捕え連れ去る悪魔の申し子なのだろうか。
ミヒャエル・エンデに「ハーメルンの死の舞踏」という戯曲がある。

むかしむかし、ハーメルンの街は激増するネズミに悩まされていた。
ねずみの唾液で食べ物は腐敗し、伝染病が流行り多くの市民が死んでゆく。

ねずみを生み出しているのは「大王ネズミ」と呼ばれる巨大なねずみ。
不思議な力をもつ「大王ネズミ」は市長や街の有力者によって、地下深くに隠蔽されている。
「大王ネズミ」の糞は、お金で出来ていた。絶え間なくお金をひねり出すたびに、副産物として死のねずみが街へ放たれる。

こうしてお金持ちはますます財産を増やし、貧しいものはますます苦しくなる。
そんなある日、どこからともなく笛吹き男がやってきて、ねずみ退治を請け負い、見事約束を果たす。
しかし、市長や街の有力者は、笛吹き男を欺き、報酬を支払わなかった。
約束した報酬が「大王ネズミ」そのものだったからだ。
贅沢な暮らしが脅かされることを恐れた為政者たちは、「大王ネズミ」を失う事を何よりも恐れていた。

「今となってはもう戻ることもできん。それには進み過ぎてしまった。
このまま先へ進むよりほかない。われら自身が、悪魔の循環に巻き込まれ、はてしなく回りつづける。
この地がこれほど荒れはてて不毛になったからには、それだけいっそう遠くから、ものを取り寄せねばならぬ。
だからこそ、金がいくらでも必要になる。これが、あのお方に動きつづけていただく理由だ。
もっともっと速く回っていただかねばならん、さもないと、われわれはみな破滅することになる。」

「ハーメルンの死の舞踏」より

市民たちも苦しみを紛らわすために、よそものの笛吹き男を痛めつけ、蔑んだ。
街には嫉妬、密告、誹謗中傷が渦巻き、呪いの言葉で溢れていた。
もはや大人たちに未来がないことを悟った笛吹き男は、子供たちを連れて旅に出るのだが、ついに力尽き、子供を逃がした後、石になってしまう。そして追手の兵士によって粉々にされてしまう。

悲しくも儚い結末。
エンデは物語を通じて警告した。
「行きすぎた貨幣経済と物質的な豊かさは人類の未来を約束しない」。

マイケル・ジャクソンは悪魔の申し子ではない。
キリストが人々の罪を背負って十字架に掛けられたように、
傷ついた子供の心を救おうとして、痛みを背負って死んだ。
そして私たちは、社会的自我という分厚い仮面を被ったゾンビなのだ。

魔物が喜びの雄叫びを上げ君を狙っている。
うまそうで食べごろだ。
体がうずくビートなのに脚がすくんで動けない。
君は逃げたい、叫びたい。でも、もう太陽は望めない。
墓から出てきた魔物に冷たい手でひねりつぶされる。

マイケル・ジャクソン/スリラー エピローグ

深夜の鎌倉。細い路地の奥から、笹の葉が生い茂る谷戸の崖から、何かが舞い降りる。
暗闇は、深呼吸のようにスーと自分の中に入り込み、会話を始める。
恐怖が消えると仮面が剥がれ、心深くに棲む子供の自己が顔を出す。

きみは くらやみが こわいかもしれないね。
でも、くらやみは きみを こわがっては いないよ。
だから、くらやみは いつも きみの そばに いるんだ。

レモニー・スリケット作/絵本「くらやみ こわいよ」

鎌倉の枕詞は「星月夜」、星月夜の井戸は、水面に星々を映した故事からきている。
北斗七星を模した柄杓のように折れ曲がった小川には、今日も水が流れている。
鎌倉は夜空の星を映した街なのだ。

北鎌倉の路地に「おしゃぶきさま」「おちゃぶきさま」という宿神がおられる。
由来は定かではないが、諏訪のミシャグチ神と同じように、頼朝の時代を遥かに通り過ぎ、縄文を記憶されているとても古い神様である。ただ、見てくれは古い石の塊にしか見えない。

宿神は、時には樹木となり、時には地蔵となり、ある時は乞食のように、身をやつしていることもあるようだ。
人の目から御身を隠しておられるらしい。そして勃興と衰退を繰り返す時の権力の変化をずっと見てきた。
この世のチカラの源がどこから湧き出し、どこへ流れて行くのか。その行方と本質をはっきりと知っている。
このような存在が、見る人もなき路地の傍らに潜んでいるのだ。

深夜の鎌倉。宿神の子供である精霊が遊びを始める時間。
木の葉の擦れる音、風の音、獣の声。闇に漂い、戯れる。

こんなにも儚く、曖昧なものがずっと昔からここにいて、
人間の過去と未来の営みを知っているなんて誰が信じるだろう。
確かに、想像やまぼろしのたぐいに違いないのだから。

「本当のことは、目に見えない」サン・テグジュペリ/星の王子さま

文:福富 弘人 写真:増田 浩

参考文献

西武王国 鎌倉
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西武王国 鎌倉

著者:山本 節子
出版社:三一書房

くらやみ こわいよ
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くらやみ こわいよ

著者:レモニー スニケット
翻訳:蜂飼 耳
出版社:岩崎書店

マイケルの贈り物―ファンが綴る感動の日々
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マイケルの贈り物―ファンが綴る感動の日々

著者:山田 真美子
出版社:青山ライフ出版

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著者:ネルソン・ジョージ
翻訳:五十嵐 正
出版社:シンコーミュージック・エンタテイメント

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魂の脱植民地化とは何か (叢書 魂の脱植民地化 1)
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著者:深尾 葉子
出版社:青灯社

ハーメルンの死の舞踏
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ハーメルンの死の舞踏

著者:ミヒャエル エンデ
翻訳:佐藤 真理子
翻訳:子安 美知子
出版社:朝日新聞

星月夜の鎌倉と塔の辻
星月夜の鎌倉と塔の辻

鎌倉のbooks mobloで取り扱い中

著者:きし亀子
出版社:地湧社

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著者:山本 ひろ子
出版社:筑摩書房

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出版社:講談社

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著者:サン=テグジュペリ
翻訳:内藤 濯
出版社:岩波書店

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